2018年6月30日土曜日

<書評>フードトラップ〜食品に仕掛けられた至福の罠

フードトラップ(原題:SLAT, SUGAR, FAT)を読みました。
フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠
  • 作者: マイケルモス,本間徳子 
 食品に仕掛けられた罠、という過激なタイトルですが、それに負けない内容で、食品メーカーが消費者を惹きつけるためのあの手この手の裏側が書かれています。

  • 食品メーカーがロビー活動で、政府に圧力をかけて法律や政策を(消費者の健康を軽視して)自分達に都合よくコントロールしてきたか
  • 人の味覚をいかに効率的に刺激して消費者にもっと食べたい、と思わせるか
  • 本当は体に悪いものを体に良いと思わせるマーケティング戦略

などなど。食品業界の歴史や裏側が満載です。

消費者が食品に対関する広告や、製品それ自体を評価する際に、こうした裏側を知っていることは、体に悪い食品を避ける上で、大きな助けになると感じました。

人間が食品の良し悪しを判断する際には、味覚、嗅覚などを活用しますし、体に悪いもの、悪いものを判断できるように進化して来ています。
一方で、このような進化のスピードは現代の食品化学の発達する速さに比べるとゆっくりです。

その結果、食品化学の進歩は人間の感覚を追い抜いてしまっており、長い時間をかけて進化してきた人間の味覚や五感をだますせるような、偽の食品、
つまり、化学物質で味覚を刺激して美味しいと錯覚させるような食品、本当は体に悪いのにいいように錯覚させる食品、を作ることもできるようになってしまっています。

もちろん、食品化学の進歩による恩恵の方が全体でみれば大きいのでしょうが、その技術がこう言う使われ方もしていることは知って置くべきかな、と思います。



フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠
  • 作者: マイケルモス,本間徳子

<書評>採用基準(伊賀泰代)

少し昔の本ですが、元マッキンゼー採用マネージャーである伊賀泰代さんの「採用基準」を読み返してみた。
タイトルは"採用"基準だけど、リーダシーップの重要性について書かれた本です。
久々に読んだけど、改めて重要なことがまとまっていると感じたので整理。

私に求められているのは、「自分で決め、その結果に伴うリスクを引き受け、その決断のお理由をきちんと説明する」ことであって、上司の指示をすべて聞き入れることではなかったのです。
伝統的日本企業というと、上意下達で上司の意見に基づいて行動する、のが当たり前だけど、マッキンゼーのようなリーダーシップを求められるような場では、そうではない。あくまでも求めらるのは、決断とそれに伴うリスクを引き受けることで、それがリーダーシップ。

辞令 によって 配属 が 決定 さ れ、「 石 の 上 にも 三年」 などと 言っ て、 実力 に かかわら ず すべて の 新人 に 下積み を 求める 組織 では、 成長 の 可能性 と スピード は 運 と 偶然 に 大きく 依存 し て しまい ます。
 そうなんですよね。日本的大企業や公務員も悪いことばかりではないのですが、運や偶然に依存する部分が大きすぎる。希望の部署につけた人、他に行く場所がない人は残るけど、不満があり、かつ、この部分を自分でコントロールできる人は外にでていってしまう。

リーダー は 組織 の 和 よりも 成果 を 出す こと を 優先 し ます。 したがって 強力 な リーダー は、 同じ 時代、 同じ 空間 を 共有 する 人 にとって は、 必ずしも「 一緒 に 働い て 楽しい 人」 では あり ませ ん。
 (中略)
結局 の ところ、 メンバー が リーダー に どこ まで ついていける か という こと は、「 その 成果 を 出す こと に、 それぞれ の メンバー が どれほど コミット し て いる か、 成果 を 出す こと を、 みんな が どれほど 重要 だ と 思っ て いる か」 に かかっ て いる の です。
(中略)
リーダー に対する 建設的 で ない 批判 の 大半 は、 この「 成果 に コミット し て い ない 人 たち」 によって なさ れ ます。 リーダー が 成し遂げ たい と 考え て いる こと、 成し遂げ なけれ ば なら ない と 考え て いる こと に対して、 賛成 でき ない 人、 自分 には 関係 が ない と 考える 人 にとって は、 リーダー とは 突っ込み どころ 満載 の 強権 者 です。 自分勝手 な 命令 者 にしか 見え ませ ん。
 確かに、ほとんどのリーダーに対する批判は、そこまでして頑張りたくない人からの批判であることが多い。一方で、リーダーであることを傘に着て、必要以上に部下を痛めつけるような言動をとったりする人も一定数いて、そうした行動は、成果を達成するためのリーダーとしての行動等は離れていると思うので、そこの区別は常に考える必要があると思った。

自分 の 成長 スピード が 鈍っ て き た と 感じ たら、 できるだけ 早く 働く 環境 を 変える こと です。 もちろん それ は 転職 で ある 必要 は なく、 社内 での 異動 や、 働き 方、 責任 分野 の 変更 でも 十分 です。
 日本人は、できるまで準備してできるようになってからやる、っていうのが好きだけど、逆に現時点ではできないこと、今までやったことがないことをやるのって、新しい学びが多く、成長にとても効果的。
そして、転職はハードルが高くても、社内での異動やプロジェクトの変更でも新しいチャレンジはできる。

一人 目 に なる こと は、 必ずしも 得 な 選択 では ない の です。 それでも「 最初 の 一人 に なる」、「 先頭 に 立つ」 こと を 厭わ ない のが リーダー です。 集団 の 前 で 何 か 新しい アイデア が 披露 さ れ、「 誰 か これ に トライ し て み たい 人 は い ます か?」 と 問わ れ た 時 に、 周り の 様子 を うかがう のでは なく、 すっと 自分 の 手 を 挙げ て、「 私 が やり ましょ う」 と 声 を 上げる のが リーダー です。
 これも日本では敬遠されることが多い。就活の説明会でも、質問コーナーに入って1人目でさっと手をあげる人って少なくて、みんな出方を伺っている。でもリーダーとして活躍するためには、そういう、誰も踏み込んでないところに(損したり恥をかくかもしれないけど)踏み込んで行くことが大事。

リーダー とは、 たとえ 十分 な 情報 が 揃っ て い なく ても、 たとえ 十分 な 検討 を 行う 時間 が 足り なく ても、 決める べき 時 に 決める こと が できる 人 です。 議論 を 打ち切り、 決断 す べき タイミング は どの 時点 なのか、 判断 できる 人 です。
(中略)
決める こと が でき ない のは、 責任 を とる のが 怖い から でしょ う。 決断 を 下す 人 には、 常に 結果 責任 が 問わ れ ます。
(中略)
しかし 過去 の こと なら ともかく、 未来 の こと に関して 十分 な 情報 が 揃う こと は あり ませ ん。 リーダー の 役目 は 過去 の 情報 を 整理 し て まとめる こと では なく、 未来 に 向け て 決断 を する こと です から、 常に 不十分 な 情報 しか 存在 し ない 中 で、 決断 する こと を 求め られ ます。
自分も意思決定のできない上司とできる上司の下で働いたことがあるからよくわかるけど 、上に立つ人が失敗を恐れて意思決定できないと、状況がどんどん悪くなることが多いんですよね。ビジネスで、テストの正解みたいに明確な答えが出ることって稀だし、むしろそういう答えのない問いに対してリスクを背負いながら決断して行くのが、リーダーでなくても1ビジネスマンとしての付加価値なんだと思う。
いつまでも”検討”を続けて、もうこれ以上は延ばせない土壇場までもつれ込んでからなし崩し的に決めるより、とりあえず意思決定して進めみて、まずそうなら軌道修正っていう方が、圧倒的にうまく行くことが多い。


ある アメリカ 企業 の 経営者 が 会議 の 席上 で「 A bad decision is better than no decision」 と 発言 し た のを 聞い た 時 は、 その とおり だ と 感じる とともに、 それ を 経営 トップ が 会議 で 公言 する こと に 驚き も 覚え まし た。 これ は まさに、 決める こと が リーダー の 責務 で ある と 理解 し て いる 人 の 言葉 です。「 ベスト な 結論 が 見つかる まで 検討 を 続ける べき だ」 などと 言っ て い ては、 お話 になり ませ ん。
「 A bad decision is better than no decision」
意思決定のできない管理職は、本当に本当に心に刻みつけてほしい。。。

なんか日本の企業文化の否定みたいになってしまったけど、もちろん日本企業でもリーダーシップを持って活躍している人は沢山いるわけで。

一方、リーダーシップが圧倒的に不足しているのも事実なので、逆にこれを身につければ、雇用市場でも頭ひとつ抜けられる。

一朝一夕では身につかないけど、なんとしても自分のものにしたいスキルですね。


合わせて同じく伊賀泰代さんの「生産性」も超一押しです。


 

2018年6月26日火曜日

<書評>大前研一2018年の世界

KindleUnlimitedの30日無料体験の読み放題を利用して引き続き、気になるビジネス書をさらってます。
今日は「大前研一2018年の世界」を読みました。
 日本や世界の政治、経済、産業に関して論点ごとに問題点や改善案を提示しています。
浅く広くなので、全てに納得し切れると言うわけではなかったのですが、いくつか印象に残った点があったので、メモしておきます。


 キャッシュレス化について
イン バウンド が みな この Alipay などでの 決済 を 求め て い ます から、 この 後 は 日本 も キャッシュ レス 社会 に 移ら ざる を 得 ない でしょ う。
確かに中国ブランドのクレジットカード対応の店がここ数年で急激に増えたけど、今後は、中国の客向けに、Ali[payなんかのキャッシュレス支払いを対応していくんだろうと思う。そしてそこを皮切りに、日本人向けにもキャッシュレス支払いが広がっていくイメージ。

電子決済に伴う信用格付け
Alipay に 連動 し た 芝 麻 信用( セサミ・クレジット) という 信用情報 管理 システム を 使っ て、 これ までの 支払い 状況 などの 様子 から ユーザー の 信用 ランク が 350 から 950 の 数値 に スコア 化 さ れ て い ます。 中国 は 人 を 信用 し ない 社会 です ので、 例えば レストラン の 予約 を する と 早々 と 客 平均 単価 に 人数 を かけ た 金額 の デポジット( 保証金) を 取ら れ て しまう の です が、 芝 麻 信用 の スコア が 800 以上 の 人 だ と これ を 取ら れ ない の です。
これはブロックチェーンと組み合わせれば、次の時代の信用格付けになる気がする。クレジットカード以外にも、FacebookやTwitterのアカウント、クラウドソーシングサイトの実績なんかも組み合わせれば、かなり精度の高い信用認証&本人確認システムになる。

生産性革命と働き方改革について
ドイツ では 2003 年 に ドイツ 社会民主党 の シュレーダー 首相( 当時) の 下 で、 労働市場 改革 と 社会保障 改革 による 構造改革 プログラム「 アジェンダ 2010」 を 提案・断行 し、 労働 コスト を 大幅 に 削減 し まし た。 これ により ドイツ の 企業 において は 解雇 の 裁量 が 広がっ た の です。 もう 要ら ない 人 は 外 に 出し て ください、 国 の ほう で 再教育 を し ます、 それで あなた がた は 企業 として の 競争 力 を 維持 し て ください、 これ が ドイツ の 競争 力 が 回復 し た 最大 の 理由 です。
 日本は現在、全員正社員化して会社にとめおきつつ、生産性を向上してホワイトカラーの仕事を減らす、という政策をやっている。
これって結局、やることないけどクビにできない人を民間企業に滞留させる結果になってしまうと。
やっぱり、雇用政策は、以前のエントリにも書きましたが、全員正社員ではなく、正社員&終身雇用撤廃ですね。

あとは、下記2点も納得感ありました。
- 大学無償化の反対(やる気のないダラダラ学生を増やすだけ)
大学の無償化って実質的に、大学に対して補助金出してるのと同じですよね。エコカー補助金が自動車業界への補助金だったように。基本的に、無償化すると、大して欲しくないけど無料ならもらっとくか?いっとくか?みたいな人が増えて、資源(税金)を無駄遣いすることになるので、しっかりお金はとって、でも優秀な人には返還不要の奨学金とかでしっかり勉強してもらう、という制度にした方が、生産性はあがりそう。
この、無料より適切な価格を設定した方が無駄遣いが減るって言う話はまたエントリを書きたいと思います。

- リカレント教育(10-15年程度働いたあとにキャリアを中断して新たなスキルを身につける教育を受ける)
変化速く人生100年時代と言われる今のご時世、新入社員の時点に入った企業の専門性だけで一生食べていくのは難しいです。 
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)
  • 作者: リンダグラットン,アンドリュースコット,池村千秋

本書、大前研一2018年の世界、ですが、全体的に現在の日本に対する大前さんの怒りとあきらめが滲んでます。
景気がいいと楽観的な空気の昨今ですが、もっと日本の外の世界も見て、思い込みをすてて考えて行動しないといけないな、と気を引き締めた次第です。


2018年6月25日月曜日

日本の労働市場の問題点

少し前から働き方改革が話題になっていますね。
日本の労働市場の一番の問題は流動性の低さだと感じています。
労働市場の流動性が低いとは、人の入れ替わりが少ないということ。
もっと具体的にいうと、
一度新卒で入ったら、一生その会社で働く人が多い。
中途採用で、途中から入社する人の割合が少ない。
ってことです。先日の日経では、経団連の副会長が、18人いて誰も転職も起業もしたことがないことが話題になりました。

では、なぜ労働市場の流動性が低いことが悪いのか。

例えて言うなら、流動生の低い労働市場というのは誰も立ち上がらない椅子取りゲームに似ています。

席が空かない

一度立ち上がると座れない

座れなくなるのが怖いから立ち上がらない

誰も立ち上がらない

席が空かない

以下繰り返し

一度座ったら、どんなに立ち上がりたくても座り続けなきゃいけいけない椅子取りゲーム。
ちょっと抜けたら席がなくなるのですでに座っている人は立ち上がれず、途中から参加する人が席に座る余地もほとんどありません。
想像してみてください。一度座ったら立ち上がれない椅子取りゲーム。
ちょっとしんどくないですか?

でももし、みんながちょこちょこ席を立つようになれば(解雇規制を緩和して、終身雇用、正社員をなくせば)

ちょこちょこ席が空いている

一度立ち上がってもまた座るチャンスはある

また座れるので、無理に座り続ける必要がない

必要に応じて気軽に立ち上がる

席が空く

以下繰り返し

ってなって、人生のステージで必要に応じて企業で働いたり、やめたりできる様になり、かなり柔軟性出ると思います。

企業としても、合わない人を解雇できるし、
労働者側も、解雇された直後は辛いけど、

合わない仕事を”正社員”という身分を守るために嫌々続ける

というよりは、ずっとましだと思う。

というわけで解雇規制緩和して、正社員撤廃しよう。

 労働市場の流動化の話はフェルドマンさんの本を参考にしました。
ユニークな論点で日本経済を分析しているのでオススメです。
フェルドマン博士の 日本経済最新講義 (文春e-book)
  • 作者: ロバート・アラン・フェルドマン

2018年6月24日日曜日

KindleUnlimitedの30日無料体験の読み放題に入っていたので、遅ればせながら
堀江さんの、
すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~
を読みました。


ベースにある考えはこれまでの本と一貫してて

自分の頭で考えて決断しよう。
というもので、それを教育という切り口から書いています。

まえがきからなるほどなーと思わされる内容が盛り沢山です。
やり たい こと が あっ たら すぐ に 行動 に 移す し、 やり たく ない こと は 極力 やら ない。 現状 に 不満 が ある のに ひたすら 我慢 する なんて ありえ ない。ただし、 一度 やる と 決め た こと について は 全力 で やり 抜く。 その ため の「 努力」 は 惜しま ない。 この 場合 の 努力 とは、 我慢 とは まったく 別物 だ。 僕 の 言う 努力 とは、 どうしても それ が やり たく て、 誰 に 何 を 言わ れ ても 走り 続ける こと。 足 を 止め ない こと。 つまり「 夢中 に なる こと」 なの だ。   日本 には、 僕 の よう な「 我慢 し ない 人」 を 軽蔑 する 文化 が ある。   そして、「 我慢強い 人」 を 褒め 称える 文化 が ある。   どんなに 不満 が あっ ても、 どんなに 理不尽 な 状況 に 置か れ ても、 それ を 耐え忍ぶ こと を 美徳 と し、 耐え しのい だ 先 に こそ「 成功」 が 待っ て いる かの よう な 言説 が まかり通っ て いる。 ほとんど マインド コントロール に 近い 不条理 な この 呪い が、 この 国 全体 を 覆っ て いる。
<堀江 貴文. すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)>
 確かに、日本では、嫌なことに耐えることにエネルギーを注ぐことと、自分のやりたいことにエネルギーを注ぐこと、をまとめて、頑張ること、としてしまっている気がします。
本来であれば、全く異質で、切り離して語られるべきものが、こうして(恣意的に?)ごっちゃで語られているのは、我慢させる側に都合のいいように世論や社会的な価値観をコントロールしようとロジックが組まれてきたのではないか?と勘ぐってしまいます。

そして 99% の 我慢 は、 ただ の 思考 停止 に すぎ ない。   一方、 投資 の 本質 は 先読み だ。 自分 が 何 を 求め、 どんな 社会 で どう 生き たい のか 考え抜く こと が 求め られる。
<堀江 貴文. すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ >
我慢って美徳とされていますが、要するに考えることをやめているだけなんですよね。もちろん、本当に我慢するしか選択肢がなかったり、自分で考えた結果、ここは我慢するぞ!と考え、決断した結果する我慢はいいのですが、とにかく我慢だ根性だ!みたいな精神論(特に、それを自分だけでなく他人に押し付けること)は、考え、改善して次のステップに上がっていくことを阻害していると感じます。

三つ の「 タグ」 で 自分 の 価値 を 上げよ!
自分という人間の市場価値を上げるにはどういう着眼点を持ったらいいか、という話。
確かに、市場価値を上げろ上げろという話はよく聞くけど、じゃあどうしたらいいの?に対して明確に答えている本はあまりないように感じます。
読んでしまうと当たり前のことなんですが、言語化されたものを読むことで、すっと腹落ちしました。


全体的になんとなく知っていたこと、やっていたことが多かったのですが、言語化されて整理されているので、自分の頭の整理になりました。

結構ビジネス書を読んでいる人は目次だけ見て気になったところだけ拾い読みする、とかでも、ちょっとした発見を得られると思います。


購入は投票だ

商品やサービスを、購入すること、お金を払うことは、投票と同じ。

 

お金を払うことで、提供者(クリエイター)はさらに商品やサービスを生産、提供しようというインセンティブが働く。

結果的に、自分(消費者)自身も、商品やサービスを長期的に受け取ることができる

 

逆にお金を払わなければ、仮にクリエイターがお金にそこまで固執していなかったとしても、現実問題、クリエイターの創作活動、つまり、商品やサービスの提供は持続的ではなくなってしまう。

 

 

つまり、ユーザーが(海賊版サイトとかを使って)タダでコンテンツを利用すると、その時は、小銭を節約できるけど、長期的にみれば、商品やサービスがなくなってしまうので、自分(消費者)にとってもマイナスになってしまうということだ。

 

身近なところで例を1つ挙げてみる。

自分は知り合いの農家さんから定期的に野菜を買っている。

おまけしてくれたり、サービスでくれたりすることもあるけど、自分はできるだけ、正当な対価を支払うようにしている。

それは、対価を支払うことで、相手の生産活動を応援することができるから。

相手が対価を受け取ってくれることで、生産活動を持続的に行うことができる。

それは、直近の購入代金を節約できることより、自分にとっても価値があることなのです。

無料で受け取ってしまったら、農家さんはいつか経営が厳しくなって、農業をやめてしまうかもしれない。

 

価値のあるものを生産していないなら、対価を得られないのは仕方ない。

市場原理というか、自然淘汰というか、価値あるものが生き残り、価値を提供できないものは、市場から退場する。

市場での正当な競争の結果だ。

ただ、価値あるものを生産しているのに、それの対価を受け取らずに、経営が苦しくなり、生産をやめてしまうのは残念すぎる。

 

だから、僕は自分が本当に価値があると思っている商品やサービスには、正当な対価を、相手がタダでいいと言っても、できるだけ支払いたい。

いいものに正当な対価を支払う。

シンプルだけど、これが、自分が価値があると感じるものが持続的に生産され、価値あるものであるれる世の中になっていくために、自分ができる、とても効率の高い、貢献の仕方なんだと思う。

 

自分が価値を感じるものには積極的に投票(正当な対価を支払う)していきたい。

2018年6月23日土曜日

自分にあった仕事を見つける方法〜仕事の好き嫌いはスポーツの好き嫌いに似ている〜

私はとあるスポーツを社会人サークルでやっているのだけど、中には社会人から始める初心者の人もいて、そういう人が、競技の面白さに気づいてはまっていく様子は、その競技が好きな人間として素直に見てて嬉しい。

もちろん、やって見てから、自分には合わなから、と言ってやめてしまう人もいるけど、合う合わないはひとそれぞれなのでしょうがない。

 

こういう様子を見ていて、スポーツの好き嫌いって、仕事の好き嫌いに似ていると思うようになった。

あるスポーツが(観戦者としてではなく競技者として)好きになる時って、

人に口づてて押してもらったり、本やネットの情報を読んで好きになるっていうよりかは、

実際にやって見て、この競技は、この瞬間が最高に気持ちいいとか、スリリングて楽しいとか、自分で体感して好きになっていく、っていうパターンが多い。

 

友達に誘われてなんとなく来て見たけど、やってみたらめちゃくちゃ楽しくてハマるみたいな感じ。

 

逆に、実際に経験していない人に口頭や、テキスト情報でその楽しさを100%伝えるのは難しい。

 

例えば、マラソンをはじめとする長距離走は、

走りきった時の達成感が最高

という人が多いと思う。私も長距離好きなのでよくわかる。

この感覚を長距離やったことがない他人に100%伝えるのって事実上不可能なわけで。

もちろん、知識や情報として、

走りきった時の達成感が最高(と感じる人が多い)

という客観的な情報は伝えることができるけど、それを自分自身の肌感覚として持つことができるのは、実際に経験した人しかいない。

それにどれだけの喜びを感じるかも、やって見た人しかわからない。

 

仕事もこれに近いものがあると思う。

人の役に立つとか、**のためになる、とか、最近のネット社会では、

情報を得て知識として溜め込む(そしてそれを面接の場でそれっぽく喋る)ことはいくらでもできるようになった。

でも、実際に自分がそれをやった時にどのように感じるかは、実際にやってみないことにはわからない。

 

自分が感じるかを知る唯一の方法は、とにかく実際にやってみる、だと思う。

書いてみると当たり前すぎるけど、その一方で、とにかく実際にやってみる、という視点で、行動している人って意外と少ないと思う。

 

日本は、失敗は許されないし恥ずかしいこと、できるだけ慎重に、できるようになるまで準備する、という価値観がかなり浸透しているので、やってみる、より、正解かどうか調べる、という方向にいく人が多い気がする。

 

自分も昔そうだったので気持ちはよくわかるし、悪いとは思わない。

失敗はやっぱりしたときは恥ずかしく感じるし、エネルギーもかかる。

でも失敗したり恥をかくことって、ある程度は慣れることができるし、

それを乗り越えると、それまで見えていなかった世界が見えて来て、

恥ずかしい思いや悔しい思いしたけど、乗り越えてよかったな、って思えるような瞬間を経験ができる。

 

というわけで、

恥はかくけど気になったらとにかくやってみるのが、自分が好きか嫌いかを知る手っ取り早い方法

という話でした。

 

某スポーツメーカーキャッチコピーJust do itってそう考えると深いですね。

2018年6月20日水曜日

対面での打ち合わせや電話は効率が悪いのか?

ひと昔前からコミニュケーションの手段について
「対面、電話」→「チャットなどのシンプルなもの」
という流れがありますね。
背景にある考え方は、
対面の打ち合わせは時間の無駄、電話は相手の時間を奪う行為だから電話は失礼で撤廃すべき
であって、
代わりにチャットの方が効率がいい
という事です。

確かに私も会社員時代には、「とりあえず一回ご挨拶だけ」みたいな打ち合わせで1時間とられる、
という経験をしており、
そんなんメールでチャチャっと送ってくれたらいいのに!
という思いに刈られたことは一度や二度や三度や四度ではありません。

総じて私は、形式や慣例より、効率を重視する方なので、
「チャットで済むならチャットでいいじゃん?速いし。」
と考えるタイプです。
ただ、一方で、チャットやメールより、対面や電話でコミニュケーションが有効だと感じるケースもあり、最近の、
対面、電話はとにかくNGで、チャットやメール礼賛の雰囲気に違和感を感じています。

このあたりの整理について一番腹落ちしたのは、2年ほど前にベストセラーになり日本の社会に「生産性」という言葉を行き渡らせるきっかけになった(と私は思っている)伊賀泰代さんの著書「生産性」。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの
  • 作者: 伊賀泰代
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社

コミニュケーション手段からはちょっと離れてしまいますが、例えば、 下記では会社での「飲み会」の是非について述べられていてます。
時々、「 外資系企業 には〝 お客 さん と 飲み に いく のも 仕事 の うち〟 な ん ていう 感覚 は ない ん です よね?」 と 聞か れる こと も あり ます が、 そんな こと は あり ませ ん。 達成 す べき 成果 目標 が、「 相手 の 警戒 感 を 解き、 こちら の 新 メンバー に 親近感 を もっ て もらう こと」 や「 不満 が たまっ て いる よう なのに、 はっきり 指摘 し て もらえ ない。 問題 の 原因 を 聞き出す 必要 が ある」 ので あれ ば、 飲み 会 は 非常 に 生産性 が 高い 方法 です。
<伊賀 泰代. 生産性>
「飲み会」=「悪」という一律な考えではなく、状況(=達成すべき目標)によっては、有利になる場合もあるよ。ということです。

また、以下の箇所では会議の短縮に関する話に触れられています。
長時間 の 残業 や 無駄 な 会議 を 減らす こと が 解く べき 課題 として 設定 さ れ て しまう と、 解決 方法 は「 ノー 残業 デイ の 設定」 や「 会議 時間 に 上限 を 設定」 といった コイン の 裏返し に 終わっ て しまい ます。 「コイン の 裏返し」 とは、 本質的 な 課題 を 放置 し た まま 問題 を 反転 さ せ て 解決 方法 と する、 問題 解決 の 悪例 を 示す 言葉 です。
<伊賀 泰代. 生産性>
会議や残業の目的は「時間を短くする」ことではなく、「必要な成果を達成すること」なので、時間の短さだけにこだわっても意味がない、ということです。

同じ考え方が、最近のコミニュケーション手段の議論について適用できるんじゃないかなと思います。

コミニュケーションの目的というのは、単純に状況を共有する、相手を説得する、頼みごとをする、はたまた謝罪する、など色々なものがあります。
そして、それぞれの状況よって最適なコミニュケーションの手段は違ってくるはずなのに、最近は、
電話、対面は時間がかかるからダメ!メールやチャットが短時間で終わるので効率がいい!
という風に、
コミニュケーションの達成目標を、できるだけ時間をかけない事と置いてしまっている
気がします。

もちろん、同じ成果を達成できるなら、時間は短い方がいいですし、多くの人は、それを当然の前提としていると思うのですが、
連絡はチャットやメールを利用して何が何でも時間を短くするべき
という部分だけ強調されすぎている感もあり、そこは注意が必要です。

コミニュケーションの目的が何なのか、をはっきり理解しないで、盲目的に、
時間が短くて楽だからチャットで連絡しよう
という選択をしていると、

連絡はとった。時間の短さを重視してチャットで送った。でも成果はいまいちでもう一回やり直し。

で結局時間がかかってしまう、なんてことになりかねません。

繰り返しますが、コミニュケーションの目的は、
目標としている成果(共有、説得、依頼、謝罪など)を達成することです。
盲目的に時間の短さだけに着目して手段を選んで結局うまくいかないのは、

丁寧にやるべき仕事を、スピードだけ重視で、雑にばばーーっと片付けて、結局やり直しになってしまうのと同じことです。

コミニュケーションの手段に限ったことではないですが、大切なのは、
達成すべき成果を明確にして、それに最適な手段を選ぶ事。
です。

日本は結構流行り廃りがあったりして、盛り上がるときは一気に盛り上がり、
下がり始めるとあっという間にみんな離れていく
みたいな傾向がありますが、世の中の雰囲気に流されないで、自分に最適なものを考えていくことが必要かもしれません。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの
  • 作者: 伊賀泰代
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社

なお、電話や対面による打ち合わせを推奨しているのではなく、あくまで、目的にあった手段を選ぼうという話です!私はシンプルなコミニュケーション手段推進派です。
あと、いきなり営業の電話かけるとか、相手の時間を当然のように奪うのは、効率とか以前にマナー的に問題あると思っています。。。

2018年6月19日火曜日

人が変化を嫌い、現状維持を好む理由

前回は人生における現状維持の是非について書きました。

今日はなぜ、人は変化を拒んで現状維持を選ぶ傾向があるのか、について考えてみます。

結論から言うと、
進化や歴史の中で組み込まれてきたから
と言うのが大きな理由としてあると考えます。

生物が自然界で生き残るには様々な戦略があります。
1.  とにかく変化して、その時々の周囲の環境の変化に対応していく
という変化が激しい環境へ適応した戦略もあれば、
2. 安定した行動を繰り返して余計なことをしないで安定して生存していく
という変化が少ない環境に適応した戦略もあるわけです。

もちろん、時代、地域によってどのような戦略が最適なのかは変わるので、
常にこれが一番いいというものではありません。

ただ、現状の日本では、2に偏った人が多いんじゃないかなーと思います。
勝手に想像してみると、
新しいものをガンガン試してみるより
余計なことはしないで安全地帯に留まる
方が、生存戦略として比較的適していた(そういう選択をした個体が生き残りやすかった)ってことですね。

日本という国の社会的な背景もあるのだと思いますが、
ご先祖さまの猿人類とかのレベルの生物学的な生存戦略としても、

余計なことはしない、ちょっとでもリスクのあるものには手を出さない。(見たことないものは食べない、入ったことのない森に入っていかない、やばそうな動物にはちょっかい出さないとか。。。)

というのはある意味合理的な生存戦略に思えますし、そういう個体の方が多く生き残るというのはしっくりくる気がします。

そういう進化の中で組み込まれてきた、潜在意識的な意志決定基準ですが、
これが現代社会で生きていく上での最適解かというと、それはちょっと違う気がします。

そもそも
猿人類時代に生物学的に生存する
ということと
現代社会で成功する
の2つにはかなりズレがあります。

幸せな人生の定義が変わってきている、と言ってもいいかもしれません。

猿人類時代は、
幸せ=生物学的な生存
だったものが、現代社会では
幸せ=社会的に認められて、..(もちろん人によって違いますが)
となっています。

これによってどういうことが起きるかというと、
大昔は最適解だった、リスクを回避して安定を志向する、という思考・行動パターンが、現代社会で成功する際には時に足かせになる可能性がある。

ということです。
ルールが変わったのに、昔の成功体験を引きずってしまっているのと同じですね。昔それでうまく言ったからと言って、その後ルールや基準が変わってしまったら、同じようにやって成功できるとは限りません。

もちろん、現代社会だからといって、現状維持をやめて、リスクとりまくればいいという訳ではありませんが、
安定を志向するバイアスが自分にかかっている可能性がある、という意識をもって、自分の志向を客観視してみる。

ということで、より合理的な判断ができるようになるんじゃないかなと思います。

2018年6月18日月曜日

「現状維持」は思考停止か

前回に引き続いて意思決定に関する話です。


人生の局面とくに転職では、
現状維持か変化するか、の二択を迫れることが多くあります。
よくあるのは、転職するか、今の仕事をつづけるか、みたいなものですね。

現状維持するか、変化するという意思決定を行うか、イメージとしては下記のような感じでしょうか。

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こう書くと、現状維持するのが既定路線で、新しい環境へ変化するという意志決定が特別なことに感じます。

でも、これって実は違うんじゃないかなと感じてきました。

で、実際はどうかというと下記のようなイメージですね。
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何が言いたいかというと、新しい環境を選ぶというのも1つの意志決定なら、現状を維持するというのも等しく1つの意志決定だということです。
ですので、新しい環境に変化することが必ずしも正しいわけではなくて、現状維持だって、りっぱな意志決定だということです。

世間では、現状維持はイカン!新しい環境に飛び込め!
みたいな煽りが最近は多いですが、現状を維持する、っていうことだって立派な決定な訳です。
ではなぜ、最近現状維持はダメで、新しいことを始める意志決定がかっこいいみたいな風潮になってきているでしょうか?
それは、現状維持を選ぶ人の多くが、
自分の頭で考えた、積極的な理由
ではなく、
新しい選択を考えることをやめた思考停止の結果だったり、
どうせこれしか選択ないし、というネガティブな選択だったりするからでしょう。
逆に現状維持をバカにされた人はなぜ自分が現状を維持するという決断を下したのか、説明できればいいわけです。

とは言え、昨今の世の中、思考停止&ネガティブな現状維持が多いのも事実。
厄介なのが、
現状維持は意志決定というリスクを回避しているように見えて、
実は現状を維持するという意志決定を常に行なっているのと同じということです。
思考停止して現状維持しているのは、何も考えないで意志決定しているのと同じです。

道に迷って、分岐点に差し掛かった時、
「さっきも右の道を選んだから今回も右でいいよね」
というのと同じことです。

仕事で言えば、
「前回もこれだったから今回も同じでいいよね」
「去年これだったから今年もこれでいいよね」
って感じでしょうか。

でもなんで人間ってこんな現状維持する方向に流されてしまうのか。
それについては次回のエントリで書きたいと思います。

2018年6月12日火曜日

「業務経験がある」とはどういうことか?

求人の要件には、

**に関する業務経験、

という形で記載されているのをよく見かけます。

 

個人で仕事を取っている人、コンサルタントでプロポーザルを書いている人も、発注者に自分をアピールするために、

**に関する経験が××年あります。

というアピールの仕方をすることが多いと思います。

 

でもそもそも「業務経験がある」、って一体なんなのか?

業務経験がある人と、ない人では何が違うのでしょうか?

 

1つは間違いなく知識です。ある業界で仕事をしていれば、業務を行う中で業界に関する知識が増え、いちいち調べなくてお業務をスムーズに行うことができるようになります。

 

ただ、知識に関しては、書類などを通じても得ることができますし、最近はGoogleで検索すれば専門知識でもかなりが見つかる時代で、以前ほど知識の量による敷居は低くなってきているのは間違いありません。

また、書類を読んで知識を得ただけで、実際に業務経験がある人と同じだけのパフォーマンスが出せるかというと、そうは行かないように思えます。

 

では一体何が決定的な違いなのかですが、一言で言うと、

 

事業を行なっていく上で発生する問題への対処の仕方

 

だと考えます。

 

具体的には下表の通りです。

 

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知識があるだけでは経験がある人と同じような対応ができないのは、紙面などから得た知識だけでは、実際に起こる問題や、それに対してどのような対策を打てば効果的なのか、について詳細にイメージしたり、危機感を持ったりすることが難しいからです。

 

これがロボットなら、データを読み込んで、リスクを評価して、機械的に対処、、と言うことができるのかもしれません。

ただ、実際に働くのは人間な訳で、読んだだけ、知っているだけより、実際に経験した方が、細かい点まで肌感覚を持って判断できる分、判断の精度が高くなりますし、人に伝える時にも説得力が出ます。

 

例えば、実際に災害を経験した人の方が、災害の怖さをよりリアリティをもって伝えられるように、

実際にそれを経験したことがある人の方が、

**になると困るから、事前に△△を準備しておこう!

という風にチームや人を動かせるのだと思います。

 

 逆に言えば普段仕事をする時から、そう言う視点を意識していれば同じ仕事をこなしていても得られるものが違ってくるかもしれないですね。